アルバム 324

            

復興もままならないまま、二年の時が過ぎてしまいました。

仮設住宅どころか、原発事故により福島県双葉町の住民

140人の方が今も、避難所生活を送っておられる現況、

高齢者が多く 適切な栄養管理もされないのが現状、

だそうです。! 

メディアによる報道は希、忘れられた存在のよう!

安住の地に、いつになったら行きつけるのでしょうか!!

 

 

 

アルバム 324」への8件のフィードバック

  1. 今日会社でも、14時46分に社内全員で黙祷しました。

  2. 大切な人達  親 兄弟姉妹  祖父母  友人を
    突然失った  深い悲しみは  1年や2年で
    癒えませんよ
    そんな被災地の方達  特に震災遺児のことを思うと
    東京オリンピック招致なんぞと 浮かれる気持ちには  
    私は とてものこと なりません

  3. こんにちは。
    2年経ちましたが、復興が進んでいるとは思えませんね。
    おっしゃるとおり、日々の報道は皆無。
    東北に親の出身地をもつ身としては悲しすぎます。
    政府は景気回復を高らかに掲げていますが、復興が先ですね。

  4. 写真のY子さんは懐かしいドリフの1シーンですね。さて、原発は一説によると廃炉・撤去までに100年、費用は∞だとも聞きます。なのに、政治家や財界は原発の再稼働をなんとかやろうと必死になっていて、見ていると腹が立ちます。反原発デモも事実上無視。ごまめの歯ぎしりです。一庶民の私としてはささやかな抵抗として、太陽光発電機とエネファ―ム購入のため、せっせと貯金するしかありません。悔しいですけど。避難所生活を送られている福島県双葉町のみなさん、100年間町に帰れないのであれば、郡単位、市単位での集団移住、出来ないものでしょうか!?

  5. 加須市で避難生活をされている方々は高齢の方が多いようです。
    基本的には煮炊きができないようですが、
    ご飯くらいは最近炊飯器で炊いている方もいるようです。
    でも、ちゃんとした炊事場はないですから
    食器ひとつ洗うのにもご苦労されていると思います。
    冷蔵庫は廊下においてあり数家族ずつ共同で使っています。
    ほとんどの物は共同で使用しているようですね。
    また、消灯して暗くなった寒い廊下を歩いて
    夜中お手洗いに行かれたりするんだなと思うと
    日中でさえ大変だと思いますが、今までの寒さは体に堪えたと思います。
    エレベーターもないところですから、外出もおっくうになる方もいると思います。
    仮設住宅でも故郷に近いところに集団で移転できることが1日でも早く叶うことを
    願っています。

  6. トヨさん、こんばんは。
    今日で丸2年が経ちましたが、今だにあの日の事は忘れないです。
    昨日テレビで各被災地を中継していましたが、殆どというくらい復興が上手く進んでないようです。
    1日でも早く被災された方々の事を考えて、一歩でも前進して頂きたいです。

  7. 2年前の今頃の時間、栄村を震源とする長野県北部地震が発生しました。
    東日本大震災の関連地震で、高齢者主体の栄村では完全な復興は絶望的と言われています。
    それにしても原発再稼働を目指す と国会で表明したり、経済評論家も早期の稼働を主張したり と「金」にしか興味は無いのでしょうか。

  8. まなぶさん、fugenさん、おおやさん、やまちゃん、めぇさん、かずちゃんさん、DT33さん
    今晩は。
    コメントありがとうございます、
    復興の妨げとなる要素が多岐にわたり、首都圏に於いて災害が発生した場合
    を考えますと暗澹たる、いや絶望的な気持ちになってしまいました。

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